ありつむぎです。

今回は、読むと心が重くなる検索してはいけない漫画を3作品紹介します。

明日は日曜日そしてまた明後日も……

明日は日曜日そしてまた明後日も……は、1971年に漫画家の藤子 不二雄Ⓐさんによって描かれた、現代社会が舞台の漫画です。

この漫画の物語は、丸々と太った気弱な男性「田宮坊一郎」が、大丸商事株式会社という会社に内定をもらい、社会人1日目の朝を迎える場面から始まります。

そして、坊一郎は過保護なまでに溺愛してくる自身の母親に見送られながら自宅を出たあと、電車に乗って会社の前にたどり着きます。

しかし、極度の緊張から中に入ることができず、会社の前で挙動不審な態度を取り続けました。

すると、そんな態度に不信感を覚えた近くを警備していた口の悪い警備員に威圧的に問い詰められ、恐怖のあまりその場から逃げ出してしまいました。

それから、坊一郎が外を歩いていると、近くの店に置かれたラジオから午前11時を知らせる音声が流れ、同時に、急いで会社に戻った際、上司にこっぴどく叱られる自分の姿を想像してしまいます。

そのため、坊一郎は冷や汗を流しながら「もう会社へ行けない!」と確信し、力なく公園のベンチに座ると、涙を流しながら母親お手製の弁当を頬張り続けました。

そして、暫くの間、坊一郎は両親に適当なことを言いながら出勤するふりを続けていたのですが、ある日、坊一郎の自宅に大丸商事から電話がかかってきたため、坊一郎が一度も会社に行っていないことがバレてしまいました。

そのあと、坊一郎は両親と共に病院に向かい、医師から「坊一郎は勤めることのできない病気を患っている」という漠然とした診断をされます。

それから坊一郎は、自室で引きこもり生活を送ることになりました。なお、この漫画の最後は「明日も日曜日、そしてまた明後日も明明後日も……」といった、坊一郎の脳内に渦巻く、絶望感に満ち溢れた悪夢のような言葉で締めくくられています。

この漫画では、物事のスタートダッシュに失敗すると、それがその後の人生に支障をきたすほどの致命的なトラウマとして残る可能性があるという生々しさが描かれています。

また、明日は日曜日そしてまた明後日も……が発表された1971年当時は、現在のように「引きこもり」という言葉や概念が社会に広く定着していなかったとされています。

そんな中、作品内で一般男性が引きこもりに陥る様子を表現したことから、この漫画は、後に社会問題となる引きこもりを予言しているようだとも読者から言われています。

ウルトラ・スーパー・デラックスマン

ウルトラ・スーパー・デラックスマンは、1976年に漫画家の藤子・F・不二雄さんによって描かれたSF漫画です。

この漫画は、主人公の一般会社員の男性「片山」が、同じ会社に勤める友人「句楽兼人(くらくけんと)」に「飲みに来いよ」と家に誘われる場面から始まります。

そして、その誘いを断り切れなかった片山は、自動車を運転し句楽の自宅に向かっている時「ウルトラ・スーパー・デラックスマン」を名乗る謎の男性と出会うのですが、その正体は句楽本人であることを明かされました。

というのも、句楽によると、世の中にはびこる不正に憤りを覚える毎日を送っていたところ、ある日突然、全身の細胞が「ウルトラ・スーパー・デラックス細胞」という未知の細胞に変異したとのこと。

そしてその細胞の影響で、句楽は常人離れした怪力、圧倒的な肉体の耐久力、飛行能力などを獲得し、そこから、ウルトラ・スーパー・デラックスマンとして、自身の正義のために悪を断罪する活動を始めたそうです。

しかし、そんな句楽のやり方は「軽犯罪者を踏み潰す」「殺人を犯した句楽を逮捕しようとした警察官にまで凄惨な暴力を振るう」といった、正義の味方とはかけ離れた猟奇的なものばかりであったことが分かっています。

加えて、句楽は活動を続ける中で「自分に逆らう者は全て悪だ」という純粋な正義感から逸脱した思考に至り、自分を批判する自衛隊やマスコミを蹴散らすべく、暴君のように暴れ始めてしまいました。

そして、そんな暴走を知った片山は「句楽、おまえは正義の味方なんかじゃない! 血に飢えた化け物だ!!」と糾弾したのですが、この時句楽は「言ったな!生き埋めにしてやる!!!」と怒鳴り、片山にも明確な殺意を向けています。

ウルトラ・スーパー・デラックスマンは、一般人が身の丈に合わない超人的なパワーを得て暴走していく姿を通じ、真の正義や正義の中に潜む恐怖、個人が掲げる正義のエゴの虚しさなどを訴えかけている漫画となっています。

大好きが虫はタダシくんの

大好きが虫はタダシくんのは、2011年に漫画家の阿部共実さんによって描かれた、現代社会を舞台にした漫画です。

この漫画の物語は、外を歩いていた学生の少女「奈緒(なお)」が、中学生時代の親友の少女「志織(しおり)」に声をかけられる場面から始まります。

それから、2人は気さくな雑談を始めようとするのですが、どういう訳か、志織は表情をほとんど変えずに、奈緒の喋った言葉を欠かさず復唱し続けるため、まるで会話が成り立ちませんでした。

そして、奈緒は馬鹿にされていると考え、志織に対し態度の改善を求めることに。

ですが、どうやら志織によると、相手の言葉を復唱しなければ聞いた言葉が頭に入らないため、このような行動を取らざるを得ないのだそうです。

それから、奈緒は復唱しないでほしいと再度頼むものの、志織の状態はほとんど改善せず、それどころか、物語を追うにつれて

  • 「私どうしようどうしよう そういえば隣の家のタダシくんが虫とり名人なんだよ」
  • 「みんなを私の口に大好きをしてくれました」

などと、志織の言葉が破綻していきます。

この漫画は、志織というキャラクターを通じ、上手くコミュニケーションが取れない時のもどかしさや不安を感じさせる漫画となっています。

ちなみに、志織の不可解な言動については読者の間でもさまざまな解釈がされており、何らかの精神的な病を描いているのではないかと考察されることもあります。

ただし、作中で具体的な原因や病名が示されているわけではありません。

最後に

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内容は以上です。ここまで読んでいただきありがとうございました。
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